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2009.9〜10 「Giselle」

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↑今さらですが、上演中は写真撮影禁止です。写真はいつも最後のカーテンコールの時のものです。


現実にブログが追いつかないが、備忘録なので巻き戻してでも書く、と。

2009年9月・10月。オペラ座の2009-2010シーズン開幕を飾ったのは古典バレエの名作「ジゼル」だった。

1幕。王子アルブレヒトが狩をしていると、村娘ジゼルと出会う。
王子は身分を隠しジゼルに愛を誓うが、王子には許婚がいたのだった。
それを知ったジゼルはショックで狂乱し、死んでしまう。

2幕。未婚の娘はウィリになるという伝説をもとに描かれる。
ここはコールドの踊りなどバレエ・ブランの傑作だろう。
夜、ジゼルの墓を訪れたアルブレヒトは、ウィリとなったジゼルと再会する。
ウィリの女王ミルタは、アルブレヒトを踊り死にさせようとするが、ジゼルは彼を守る。
結局ジゼルの愛の力はミルタの力よりも強いのだった。
夜明け。ウィリは消える時間。助かったアルブレヒトは自らの過ちを悔い、想いにふけるのであった。


もうこちらに来て何度観たか分からないほど繰り返しみた作品。
観るたびに自分の感性が変わっていることにも気づくから面白い。
いつもはロマンティックバレエに酔いしれるはずの私が、
今回はなぜか、こんなふざけた話ってばあるかしら、と見ていた。
身分ある男が身分の低い女の子をたぶらかしただけの話である(笑)


今回は以下の主役で3度観た。
・オレリー・デュポン/ジョゼ・マルティネス
・ドロテ・ジルベール/マティアス・エイマン
・クレルマリー・オスタ/マチュー・ガニオ

どうしても観たかったムッサン、イザベルのがチケットが入手出来ず本当に残念。
二人こそ、ジゼルダンサーであるだろう。

ジョゼはもともとアニエスと組むはずだったが、怪我だということで急遽踊れなくなったためにオレリーと。
オレリーとジョゼというのはあまり組むことがないのだが、この二人は、2008年年末の「ライモンダ」で珍しく組んだところ、非常に印象的なパートナーシップで魅せたために期待して行った。

ところが。良くない。まったく良くない。
それぞれ一生懸命演じているものの二人の心が呼応していないような印象を私は受けた。

舞台におけるパートナーシップというのは本当に不思議だと毎回思う。
素晴らしいダンサー同士が踊れば必ず感動をもたらすわけではないのだ。
今回の場合、急遽組んだせいもあるだろう。

オレリーはいつも通り非常に美しいが、1幕にはその演技では硬いと感じた。
逆に、ウィリとなり表情一つ変えずに踊る2幕のほうが、体や指先からアルブレヒトへの愛が湧き出て見えたように思えた。

我が心の王子ジョゼには私は甘いので、何も書かないことにしておく。
数年前にアニエスと組んだ時には最後の場面で涙してしまったものだ。
相手がアニエスだったら・・・と思ってしまう。


ドロテとマティアスについては、もう失望。

注目の若手エトワールの二人だ。それはそれはテクニックは素晴らしい上にオペラ座に伝わる伝統的なアプローチで踊ろうとしているのがよく伝わってきた。1幕では私の観たどのほかの組よりもフレッシュさにも溢れていたと思う。
しかし、何しろ気品がない。マティアスの立ち居振る舞いは王子のようには見えないし、ドロテに至ってはまるでこれは「パキータ」の作品でしたか、という元気さである。はかないジゼルではない。

ドロテだが、オレリーと同様、2幕でウィリになってからのほうが良かった。1幕は表情の出し方といい、やはり難しいのかもしれない。2幕のようにある意味「型」にはめて、その中で体で表現をするほうが、クラシックバレエダンサーとしてはやりやすいことなのかも、と思った。

アルブレヒトのヴァリアシオンのマティアスは素晴らしかった。
この人の跳躍には、かつて彼がまだ入団したてのころ、郊外の小さな公演で「青い鳥」のPDDを踊ったとき、天井にまで飛んでいってしまうのではないかとすでに驚かされていたものである。
ニコラ以来の跳躍力。


驚いたことに、結局あまり期待せずに行ったクレルマリーとマチューの回で私は涙したのであった。

マチューの王子としての美しさは言うまでもあるまい。
出てきただけで王子である、というその気品は訓練だけで得られるものではなく、これはもう、サラブレッドである彼の特権とも言えるだろう。その絵画、いやむしろ少女漫画から抜け出てきたような美しさと立ち居振る舞いにため息が出る。
やはり古典バレエの王子はこのくらい、踊る前から容貌だけででも説得力がなくてはいけない。

そして傍らのクレルマリー。マチューよりかなり年上なはずなのに、まったくそのように見えない。
彼女は、頭から足先まですべて「ジゼル」そのものだったのだ。役への理解力に感服する。
このパートナーシップの良さは、二人が普段から様々な作品で組むことが多いということもあるのだろう。
(二人の「椿姫」の素晴らしかったことったら。)
二人の間で交わされる恋のときめき、そして愛、が観ているほうにも伝わってくるがあまり、最後の場面では、あまりに切なく、心が締め付けられる。
美しい。

やっと3度目の観劇にて満足感を得た。


まわりの配役といえば、ヒラリオンのヤン・ブリダールについて書き留めておくか。
この人、自然主義とでもいうのだろうか。新劇に対抗するキムタクの演技のような(?)。
古典バレエで引き継がれるマイムをどうしても現代的にしたいらしい。
ジョゼとアニエスもこれは心がけていることで、現代の我々にも分かりやすいマイムに変えていくということは大事だとは思う。
しかし、これは、やりすぎではないのか。
もはやバレエとは言えず、その辺のお兄さんの身振り手振りにしか私には見えなかった。
まぁ、ヒラリオンが粗野な村人という設定だから、今回はそれでも良かったのかもしれないが、何だか不満が残る。古典バレエの中でここまでする必要があるのか。

ペザントのPDDはメラニー・ユレルとエマニュエル・ティボーが二回、ルドミラ・パリエロとマーク・モローが1回だった。

メラニーはもう、なんというか、「職人」。芸術家、ではないかもしれない。この人は失礼ながら本当に華がないが、こういった役では必ず職人技的にキメてくる。そのブレないテクニックには敬服する。
ティボーくんはさすが。主役を食うほどの華とテクニックだ。演技力があればもっと主役なども配役してもらえるのだろうが、なかなか難しいようだ。

注目株のルドミラは、その後の今年度のコンクールでプルミエールに上がるという快挙を見せたダンサーだが、手堅く終えた印象。この役をかつてミリアムやドロテが踊ったときのような、これはすごい若手が来た。と思わせる「何か」はなかった。


なんだかんだといっても、何度も観にいってしまい、そして涙してしまうだけの魅力がジゼルにはある。
音楽も美しいし、やはりザ・オペラ座の踊りを観るにはこの作品だ。
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by chihiroparis | 2009-12-02 11:00 | ballet+danse | Comments(0)
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