Iranian Cookbook イラン式料理本 ー台所から見える社会

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待ちに待った公開。ワクワクして出かけた。

カメラはひたすらいくつもの家族の台所を映す。
台所に立つのは・・・一人あるいは複数の女性たちである。

野菜の泥落としから始め、一から作る人。
缶詰を使う人。

ラマダン中の晩餐のために朝10時からずっと台所に立って一日かけて準備をする年配の女性たち。
出来合いの缶詰などを使う若い女性。
夫の好みに合わせて味付けをする女性。
家事ばかりだとつまらないので学校も行ってるの、という双子を抱えた若い女性。
若い時に姑との苦労があったと語る年配の女性。

カメラを回す彼は尋ねる。
こんなに準備に時間がかかるし大変そう。外食はしないのか?
外食は何が入っているかわからない、どこの油で揚げてあるかわからないような野菜が入っていたりするもの、と答える年配の女性。

22時に夫の友人が大勢押し掛けてきて接待しろと?と文句をいいつつも、でも私が受け入れた人生ですから、責任があります、と言う若い女性。

時代の流れの中での女性の地位や役割が変わって行く中、ある人は抗い、しかし受け入れる。
こんな大変なこと、と文句を言いながらも、外食を受け入れられない人。

カメラは男性にもカメラを向ける。
この食事を作るのに何時間かかったと思う?

ある男性は妻の大変さを知っているし、またある男性は、このくらいは1時間ではないか、という。5時間かかったと聞いて、それは手際が悪いからだ、という。
ある男性は、妻の仕事の大変さが自分が外でしている仕事よりも大変だと言う。彼は食事の片付けを自ら行う。妻と娘には決してさせないそうだ。彼の中で男女の役割は固定されており、そういう意味で社会に抗わずに生きているが、女性たちへの感謝を忘れない。

・・・台所というところから、社会が見える。
誰が台所に立つか。
何を台所で作るか。

そこには世代、文化、階層、様々なイラン社会を投影するものがあった。実に面白い作品、おすすめ!

(ここからネタバレ)

最後のナレーションで、作品中の女性の何人かは離婚をしたと流れる。
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by chihiroparis | 2013-02-06 23:11 | cinema | Comments(0)

主にバレエ評


by chihiroparis