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シュツットガルト・バレエ「オネーギン」

シュツットガルトバレエで「オネーギン」。

ふと我にかえると、昔そんなに好きだったからといって一度あんなにも冷たくされた男に、後年そこまで愛を請われたからといってまた火がつくか???と思うのだけどすっかり引き込まれて涙してるんだから舞台の熱量とはまったく。本家の凄さを堪能した。1幕あの難度の高いリフトの続く鏡のパドゥドゥに圧倒され既に感動のあまり泣き始め、3幕終了後呆然とただただカーテンコールの間涙を流していた。しばらくなにも他に見たくない。それにしても毎度演技力では素晴らしいことこの上ないこのカンパニー。バレエとは踊りの技術だけが全てではないと改めて感じる。
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原作はプーシキンの小説「エフゲニー・オネーギン」。オペラ化されているのでそちらのほうが知られているかもしれない。バレエは1965年にジョン・クランコがシュツットガルトバレエ団に振付け、初演された。クランコの演劇バレエの最高峰と言える作品。
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舞台は19世紀前半のロシア。都会から田舎にやってきたオネーギン青年はレンスキーと仲良くなる。レンスキーの許嫁オリガの姉タチヤーナは夢見る文学少女だが、オネーギンに恋をする。タチヤーナは恋文をしたため自らの誕生会にて彼に渡すが、タチヤーナに惹かれつつも田舎にうんざりしており屈折した青年オネーギンは冷ややかに断る。いじわる心からだろうか、オリガと誕生会で踊るオネーギン。オリガもちょっとしたおふざけとして踊っていたのだが、レンスキーが激昂し、思わずオネーギンに決闘を申し込む。決闘の日。撃たれて死んだのはレンスキーだった。友を撃った悲しみと後悔に打ちひしがれるオネーギン。

数年後、オネーギンは、グレーミン公爵夫人として華々しく社交界で活躍するタチヤーナと再会し激しく心を奪われる。愛していたのだと気付きタチヤーナに愛を請うも拒絶される。

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バレエ的な見どころは、1幕2場、恋をしたタチヤーナの夢の中でのオネーギンとの恋のパドゥドゥ。アクロバティックな振り付けにより恋の高揚感が描かれる。内気なタチヤーナだが文学少女として大きな情熱を内に秘めていることが表される官能的な場面だ。3幕最後のオネーギンが髪を振り乱し我を忘れてタチヤーナに愛を請う場面のパドゥドゥは秀逸で、しばしばガラ公演でもここだけ上演される。
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オネーギンにフリードマン・フォーゲル。童顔だからこういうのにはきっと向かない、と思い込んでいたが、久しぶりに見たらすごい役者に成長していた。タチヤーナにまだ23才の新星スペイン人ダンサーのエリサ・バデネス。いくらなんでも若すぎるかと思ったけれど、この作品が実はかなり身体能力が高くないと表現しきれないものがあることを認識させてくれた。主役二人の息がぴったりで、特にリフトが驚くべき滑らかさ。二人が滑らかに組み合うことで表現されるものがまだこんなにもあったのか、と、パリ・オペラ座でしか見たことがなかったため、何か全然違う作品を見たような発見に溢れていた。
レンスキー(パブロ・フォン・シュテルネンフェルス)。この役の理解はどうやら文化やカンパニーにより少し違うようだ。オペラ座では、いかにも優しい(だけの)青年、という容姿の人が選ばれることが多いのだが、シュツットガルトのレンスキーは、優しさといってももっと男臭さがある人間の持つそれだという理解のようだ。彼が嫉妬から思わず勢いでオネーギンに決闘を申し込んでしまうところも、男がカッとなった感がこのレンスキーだとよく出て説得力があった。2幕のソロは後悔の念が身体から絞り出されていて出色の出来。その後姉妹が来ると急に男のメンツでいきがるあたり、演技の差がレンスキー像を深める。
レンスキーといえば、レンスキーと姉妹の、誕生会終盤に決闘が決まってからの3人の踊りの組み合い方が、様式的になっておらず、彼の激昂した様子がここでもよく表される。

全体的にすべてが様式的にならずその動き一つ一つに意味があることが伝承されていることを強く感じた。まるでセリフがあるかのように。どのカンパニーでもそうだが、本家がやると、伝承されているものの質と量が違うことが感じられる。見せ場だけでなくディテールがいかにストーリーを構築するのに重要かということだ。

フォーゲルのオネーギンがとにかく良い。性格がいかにも悪そうだし、レンスキーを撃ってからの落胆の仕方も、そんな斜に構えた男の心の弱さを一瞬で表現している。3幕のタチヤーナへの愛に気づいた動揺からのなりふり構わない請い方ったらない。どう見えるのかなど気にしているようじゃここまでできない。
ここで自らが請われるタチアナのバデネスはここで若い容姿にもかかわらず溢れる人妻感を出した。これに至るまでのグレーミンとの愛の描き方が優しさだけでなく依存的な要素があることを見せたのも効果的だったのかも。
なんで今頃、と揺さぶられるタチアナ。見てる方まで、だめ、いややっぱり好き、というタチアナの心情の揺れに一緒に引き込まれてグラグラした演技だった。ここの場面、感動的ではあってもこんなに共感で引きずりこまれたことはなかった。
3幕パドゥドゥではキスまでの流れがこの主役二人の演技では抗い難いほどの熱情の高まりが感じられた。それでクレッシェンドしきって、一転、一気にタチアナが断ち切る。この落差で決別という意志の強さが伝わってくる。
バデネスのタチヤーナは他にも、2幕幕切れ、レンスキーを撃ったオネーギンに対して頭をきっと持ち上げることで表す侮蔑と決別の意志のような表現が特によく、やっと今回彼女の心理がストーリーとして理解できた。
オリガは非常に難しい役だと気づく。おふざけでオネーギンと踊るあたり、オペラ座の女性陣によるものはニコニコしているだけでわかりづらかった。この辺りは表情だけでなくちょっとしたリフト的な絡みとか押し引きのし具合が重要で、それはなかなか言葉では説明しづらい。それがストーリーをこんなにも際立たせる。
とにかくフォーゲルが良い。相手を目でも身体でも心でもきちんと見て向き合って踊るところがいい。演劇だものこれ。舞踊という言語を使った。


by chihiroparis | 2015-11-28 22:24 | ballet+danse

主にバレエ評


by chihiroparis